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工房雑感

英国、ドイツ旅行

3月17日(火曜日)より28日(土曜日)の間、英国、ドイツに出かけました。
今回の旅行は、父重蔵の米寿の祝いも兼ねて、敬愛するヘルマン・ツアップ氏との再会と、各種会合への出席、見学、取材などなどです。ロンドン在住のグラフィックデザイナー河野英一さん、フランクフルト在住のライノタイプ社タイプデザイナー小林章さんのご配慮の元にグラフックデザイナーの立野竜一さんの協力で実現しました。
余りにも思い出が多すぎてどこから何について感想を述べて良いか解りません。
特筆すべきことはドイツ訪問で約30年ぶりのツアップさんと父との再会でした。長い間、手紙等のやり取りだけでしたが、年月を乗り越えて来た2人のやり取りに青年同士のような高揚を感じました。
私は昨年90才のお誕生日を迎えられたツアップさんに作品を渡すことができ、またその作品の別バージョンにサインをしていただき感激の時を過ごしました。
英国ではHand & Eye letterpress訪問でしょうか。17年前に創業された活版印刷会社です。その仕事に対する姿勢、質の高さは共感するところ多く当社の印刷物に対してもお褒め戴き、互いの良質の活版印刷に対する向上の気持ちを新たにしました。
あと数社ロンドンには活版印刷所があるそうですが、どこもレベルが高い組版、印刷を心掛けているそうです。でも、一番の収穫は河野さん小林さん、立野さん達と一同に、タイポグラフィについて夜遅くまで語らい色々な体験をともにしたことでしょう。井上嘉瑞さんが日本に落とした一つの種が父を通じて広がりつつあることを実感した旅でした。どこの訪問先でも父を歓迎していただき、また協力した戴いた皆様に感謝の気持ちで一杯です。

上がツアップさんへの誕生プレゼント、下が直筆サイン。書体はツアップさんの書体デザインの中で最後に金属活字となった「ZAPF CIVILITE」
Zapf.jpgZapf-サイン*.jpg
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第166回企画展「ヘルベチカ展」

ヘルベチカ展を終えて
有名デザイナーさんの企画展ではなく「書体」が主人公という初めての企画展でしたが、多くのかたの興味を誘ったようです。何度か行った会場では若い人の来場が多いようでした。
コンピュータによるデザイン作業で文字を自由に使える時代ですが、書体に対する関心はますます高まっている気がします。
二回のトークショーも直ぐに席が埋まってしまい、だいぶお断りしたようでした。
ごく簡単に当日のレジュメを公開いたします(ただ
し、この通りではなく予定を変えた部分もあります)
ヘルベチカ展・トークショー 
「Helvetica forever」とヘルベチカ展について」主催者側挨拶
司会、進行 高岡昌生(有限会社嘉瑞工房・代表取締役)
出席者、小泉均(元長岡造形大学教授、グラフィックデザイナー、スイスタイポグラフィ研究機関TypeShop-gを主宰「Helvetica forever」監修)
小林章(ドイツ・ライノタイプ社・タイプディレクター。ノート部分監修)
高岡重蔵(有限会社嘉瑞工房・相談役。資料保有、購入の経緯)
1.小泉均氏
「Helvetica forever」について。
ヘルベチカとの出会い。
ヘルベチカ誕生の経緯。
ヘルベチカの歴史的考察。
2.高岡重蔵氏
日本のヘルベチカ導入秘話。(大日本印刷への導入)
◎モンセン見本シート◎インレタシート◎写植
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工房雑感 新年ご挨拶 09

2009_grt

新年明けましておめでとうございます。
日頃は当サイトをご利用いただき、また嘉瑞工房にご支援をいただき誠にありがとうございます。
昨年は、10月にライノタイプ社の小林章さんの来日に伴い、TDCさん、京都精華大学さん、多摩美術大学さんにお声掛けいただき、小林さんとともにセミナー参加できました。
今回は、京都、大阪(dddギャラリー)など関西方面で色々な方々とお話しできる機会があり有意義なセミナーツアーになりました。
なかなか東京に来れない関西方面の方々の真剣な態度に感激いたしました。
どうしても情報が少なくなりがちな地方の方にも直接、本場の小林さんや私の話を聞いていただくことは価値あることと小林さんとも話しています。できれば定期的に開催できればと思っています。小林さんは昨年、「欧文書体2」も発売され、「欧文書体」同様好調な売れ行きです。変な噂話に惑わされず、楽しくタイポグラフィを実践するために講読をお奨めいたします。(小林章さんの関連サイト:http://ja.wikipedia.org/wiki/小林章
http://book.bijutsu.co.jp/books/2008/08/book2.html
http://www.linotype.com/469/akirakobayashi.html

昨年は小林さんと一緒のセミナーの他にも、東京工芸大学や企業研究会などでお話しする機会がありました。多くの質問を受けましたが、何となく類型できそうな気がしてきました。いずれ日本人が迷っている組版について、良い形で発表できたらと思っています。

さて今年は、2月からgggギャラリーで開催される(大阪dddでは1月半ばから)Helvetica展に色々参加させていただくことになっています。
資料の貸しだし。資料解説。トークショーへの参加。物販などです。
詳細はgggのサイトなどを参考にしていただくとお分かりになると思います。
書体そのものをメインテーマにすることは大変珍しく、私自身も楽しみにしています。
http://www.dnp.co.jp/gallery/ggg/
その事もあり、今年の当社の年賀状のテーマはそのものズバリ「SANSERIF」です。

本年も経済状況は大変厳しいことが予想されますが、本業の活版印刷を基本に少しずつ活動の幅を広げて行きたいと思っています。
今年は少しは更新の機会を増やして行きます。
どうぞよろしくお願いいたします。

最後に当社ホームページ制作や小林章さんのブックデザインを担当している立野竜一さんのサイトができました。グラフィックデザイナー、カリグラファー、タイプデザイナーでもある立野さんの活動を紹介しています。ぜひ、訪問してください。
http://www.evergreenpress.jp/index.html
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2008年新年のごあいさつ

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新年明けましておめでとうございます。
日頃は嘉瑞工房のサイトをご覧いただきありがとうございます。

延び延びになっておりましたサイトのリニューアルがどうにか3月10日(延期しました)には更新することができそうです。新サイトではもう少しこまめにこの工房雑感その他も更新すべく努力いたします。

2007年を振り返ると、2006年の夏から依頼がありました「「印刷雑誌」とその時代」印刷学会出版部刊(http: //www.japanprinter.co.jp/)の調査、監修、執筆が1年数ヶ月を要して終了し、2008年発刊の運びとなりました。私は父、重蔵と共に、第一部第五章「組版、欧文タイポグラフィ」を担当いたしました。
まず1100冊以上ある創刊号からの「印刷雑誌」を1ページづつめくりながら組版、欧文タイポグラフィ等に関する記事を調査する作業から始まりました。関連記事の分類、選択、推薦作業、関係記事の洗い出しも含め日本の印刷業界を「欧文タイポグラフィ」の立場から俯瞰し117年の歴史を振り返る事は、その事自体、試行錯誤の連続でした。印刷業界誌としての性格からか技術紹介や業界関連の記事が多く、その中から印刷、デザイン業界の弱点である欧文タイポグラフィを系統だって記述する難しさを実感した作業でした。
しかし、親子でありながら普段なかなかそういう話ができない私にとって、戦前の話も含め改めて父から腰を据えて聞くことができたのは個人的には大きな収穫、財産になりました。根気よく面倒を見ていただいた印刷学会編集部の皆さん、貴重な資料をお貸しいただいた印刷図書館の皆さんに改めてお礼を申し上げます。

2006年から進行していた日経BP社様の社名ロゴ、ロゴ使用マニュアル制作にアートディレクターとして参加し、4月にリニューアルすることができました。

現在は機器メーカーの表示フォントについてアドバイスとコンサルタントを行っております。この件も年明けには実を結ぶことができるかもしれません。

また、ドイツ・ライノタイプ社の顧問としてコーポレートタイプの仕事も2件ほど動きだしそうです。

2007年は講演、レクチャーなども増えた一年でした。
5月12日 世田谷活版再生展、活版セミナー「活版印刷-昨日、今日、明日」世田谷文化生活情報センター
10月23日 多摩美術大学、小林章さんの特別授業に参加。
10月29日 小林章の「欧文タイプセミナー実践アルファベット!」第3部トークセッションに参加 TOKYO TDC
個人レクチャーが2件と、皆様の前でお話しする機会が多い一年でした。

また、取材なども多い一年でした。
●2007年1月発売の「DTP WORLD」2月号NO.104の特集企画、「デザイン×学校 本当に学校の勉強は現場では使えないのか」に武蔵野美術大学での講義紹介が掲載。
●2月19日より、日経アーキテクチャアのウェブサイトで2回にわたり、当社の紹介記事が掲載。
●日経デザイン」5月号 特集2“今こそ活版印刷”に、当社の印刷物やインタビュー掲載。
●10月号「Lingkaran」Vol.26に、嘉瑞工房で使用しているステッキの写真と、嘉瑞工房の紹介記事が掲載。 ●11月「DTP WORLD」11月号No.113の特集企画、「伝える文字、使える文字」特集
●「+DESIGNING」 特集「もっと文字を知る、文字を使う。」にインタビュー掲載
●「sunnybook」2007年創刊号sunnybook編集部。特集/文字に葛西薫さん、有山達也さん、永原康史さんと共にインタビュー掲載。
(http://www.sunnybook.yokochou.com/)
●2008年2月発行予定の「サライ」小学館の取材を高岡重蔵が受けました。巻頭インタビュー。

また、恥ずかしながら2008年春公開の映画「谷中物語」舩橋淳監督作品にキャストとして出演することになり、11月12月に撮影を当社と谷中でおこないました。カットされていなければ(笑い!)本人役でほんの少し出ています。(45年前の私も8ミリの映像で見られるかも)

本業の方で記憶に残る一つはTDC賞のディプロマを葛西薫さんのデザインで印刷することができました。以降5年間は使っていただけるそうなので、今年TDC賞を目指す方はご期待ください。

そして最後に、2007年は1957年にスイスの活字会社HAASから生まれた金属活字「HELVETICA」の誕生50周年になります。同じ年に私も生まれた事から、どうにか作品にしてみたいと思っており、押し迫ってからの制作になりましたが完成いたしました。

スイス国旗をイメージしてそれを4分割するとポストカードになるという物です。(ポストカードにカットした物もあります)


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当社で保有する「HELVETICA」9種類7サイズが使われています。色は赤系5色、グレー1色両面8度刷りです。
また、新しい試みとして、金属活字を写真撮影し、25種類のポストカードも暮れに完成いたしました。
両方のお披露目はお茶の水の美篶堂ギャラリーでの「ブックカバー展51歳のヘルベチカ」1月8日-27日(タイポグラフィ協会主催)に合わせてショップで販売いたします。
(http://www.misuzudo-b.com/gallery.html)
また、準備が調い次第このサイトでも販売します。
当社はカバー展の方には参加しませんが、出品者のお一人、浅葉克己さんの版下製作のために組版をいたしました原版と、写真のポストカードに使用した原版も一部展示いたします。また、ドイツ・ライノタイプ社の小林章さんが書体の解説を寄稿しています。

どうも今年の工房雑感は宣伝が多くなってしまいました。
いろいろ行動範囲が広がりますが、あくまでも原点である活版印刷を起点としてできる範囲で挑戦の幅を広げて行きたいと思います。
本年もよろしくお願いいたします。


2008.1.1
有限会社嘉瑞工房
代表取締役 高岡昌生
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2007年新年のごあいさつ

nennga2007.gif

新年あけましておめでとうございます。
日頃は有限会社嘉瑞工房のサイトをご覧いただきありがとうございます。

昨年の前半は、一昨年推薦されましたThe Royal Society of Arts(英国王立芸術協会)の Fellow就任を記念して、詩集「Hallowed Ground」を制作いたしました。
ほぼ半年、資料集めから、試作、そして組版の数度の渡る手直しを経て完成いたしました。その制作過程は私にとっては至福の時でした。つくづく組版は楽しいと確認できました。
その延長上で10月に美篶堂ギャラリーにおいて作品展、セミナーを開催いたしました。多くの方々のご協力によりつつがなく終了することができました。あらためてご来場いただいた皆様やスタッフの方々にお礼を申し上げます。

同じく10月に女子美術大学において、TDC主催で行われました小林章さんセミナー「フォントのチカラ」に葛西薫さん、中島英樹さん、祖父江慎さんと一緒に参加させていただきました事は良い思い出となりました。

仕事では暮れに刊行されました、「東京大学コレクション-写真家上田義彦のマニエリズム博物館」展(www.um.u-tokyo.ac.jp/)の出品作品をまとめた書籍「CHAMBER of CURIOSITIES」の表紙ラベルの印刷(デザイナー原研哉さん)や中島英樹さんの個展の作品の一部など意義ある仕事のお手伝いをさせていただきました。

また、ある企業の、新ロゴ、マニュアル制作のアートディレクターとして参加いたしました。マニュアルの完成まではまだ時間がかかりそうですが本業以外でも形ができてくるのは楽しいものです。

新年1月13日発売号の「DTPWORLD」誌に私の大学での講義の記事がでます。今まで嘉瑞工房の一部として大学での講義を少し紹介されたことはありますが。講義が主体で記事になるのは初めてになります。反響がちょっと楽しみです。

懸案の見本帳も今年こそはと考えていますが、3月頃までは、調査と執筆の仕事があり予定よりは遅れるかもしれません。しかし、父との調査は私自身の勉強にもなり、おろそかにしたくないのでとにかくがんばります。

多くの人に支えられて、2006年が終わりました。
新しい年も少しずつですが前進したいと思っております。
皆様よろしくお願い申し上げます。


有限会社 嘉瑞工房
代表取締役 高岡昌生
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作品展ご来場のお礼

10月3日より22日までお茶の水、美篶堂ギャラリーに於いて開催いたしました作品展に多くの皆様にご来場いただきまして誠にありがとうございました。
ご案内させて頂いた皆様以外にも多くの方にご覧いただき今後の励ましになりました。

8日のセミナーにも多くの方にご参加いただき、無事に終了することが出来ました。
美篶堂のスタッフの皆様始め多くの方に支えられた作品展+セミナーでした。
今後ともより良い活版印刷に精進いたすべく研鑽を積んで行きたいと思っております。
遅くなりましたが終了のご報告とお礼を申し上げます。


有限会社嘉瑞工房
高岡昌生
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美篶堂ギャラリーセミナー参加のお礼

10月3日から22日の期間、美篶堂ギャラリーにおいて作品展を開催しております。
多くの方にご来場いただきまして誠にありがとうございます。
ほとんど私は会場にはおらず美篶堂のスタッフの方にお任せしたきりになってしまい、せっかくご来場いただいた方とあまりお話ができず申し訳ないと思っております。
セミナー(10月8日)のご依頼から始まった美篶堂ギャラリーでの作品展は「HALLOWED GROUND」制作と丁度タイミングが合う形で開催することができ、また、立野竜一さん、白谷泉さんという素晴らしいカリグラフィとのコラボレーションも実現できました。そのせいかカリグラフィ関係の方にもたくさんご来場していただいております。

美篶堂セミナー、嘉瑞工房「工房雑話」にも報道関係、スタッフも含め100人近くの皆さんにご参加いただけました。
約半分以上の方がデザイナー関係の皆さんにも関わらず、書体名、人物名を言わない書体史などをお話しました。
知識ではないタイポグラフィの話しを、メモ取り禁止という、異例の方式でいたしました。多くの方が戸惑い、きっと書体名、人物名、年号、エピソードの羅列を予想(期待?)し、ご参加された方には肩すかしになったかもと思います。
知識も大事ですが、それを生かす考え方。「誰のために!、何のためのタイポグラフィ?」、「見ていただくタイポグラフィ!読んでいただくタイポグラフィ!だから技術や知識よりも考え方!」その考え方をお伝えしたいために、かなり実験的な形になりました。
もちろん全ての皆さんに短い時間でご理解いただけるとは思っておりません。私の講演技術では無理だと思いますが、何人かの方からは知識偏中のタイポグラフィを見直すきっかけになったとのご感想をいただきました。
まだ会期を残しておりますのでよろしければお立ち寄りください。
ひとまずセミナーのお礼まで。


有限会社嘉瑞工房
高岡昌生



●「誤植」とご指摘を受けたカンマについて●


現在美篶堂ギャラリーで開催中の作品展の作品の中に、あるサイト上で「誤植がある」との指摘を受けました。直接私に指摘あったわけではありませんが、誤解を生む恐れがあるので、以下のような見解を申し上げます。

展示品、カリグラフィとのコラボレーション作品(立野竜一氏との共作)本文最終行イタリック体の文中にローマン体の「カンマ」が入っているという箇所です。

comma.jpg


この作品で使用いたしました金属活字書体は、「Caslon old face, Caslon old face italic」と言います。約250年前のWilliam Caslon I (ウイリアム・カスロン1世 1720-1749)にまで歴史がさかのぼれるイギリスで最も有名な活字書体の一つです。1937年に Stephenson Blake 社に母型なども含め吸収されました。鋳造の鋳型は Stephenson Blake 社製と思われますが母型は H.W.Caslon & Co.Ltd. 時代の物と考えられます。
嘉瑞工房で保有し今回の印刷に使用した活字は Stephenson Blake 社から購入した、オリジナルの「Caslon old face, Caslon old face italic」です。
さて、誤植との指摘がありましたイタリック体の中の(ローマン体と見える)カンマについて、再度 H.W.Caslon & Co.Ltd. の見本帳で Caslon old face italic を確認すると、カンマは現代で言うローマン体の形をしています。


caslon-1.jpg


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Caslon だけではなく、同じ見本帳にある Baskerville old style italic にも同様のものがあります。
つまり、H.W.Caslon & Co.Ltd. の見本帳が作られた当時1920年頃には、イタリック体には「現代の我々が考える傾斜したイタリック体のカンマ」ではない状態で鋳造、販売されていました。その事は当時何の問題がなかったのです。ローマン体のカンマと流用(兼用)したのか、始めから作らなかったのかわかりません。今の感覚だと不思議に思われるかも知れませんが当時はそれで通っていたのです。
したがって当社の購入した Caslon old face italic のフォントに(現代の視点で考える)ローマン体のカンマが入っていた事こそ、正真正銘のオリジナルカスロンであることの証拠であり、私は誇りに思っています。
もし反対に購入したイタリック体のフォントに(現代の視点で見る)イタリック体のようなカンマが入っていたら、H.W.Caslon & Co.Ltd. から継承した Stephenson Blake 社が独自で母型を作り鋳造した可能性があり、コンマに関してオリジナルカスロンと言えなくなるかも知れないのです。したがって Caslon old face italicに(現代の視点で考える)ローマン体と思えるカンマが入っていることは「誤植」ではないと私は考えます。
もし、他の人がオリジナルの Caslon old face italic で組版したと言って印刷した文章に、現代でそう見えるイタリック体と思えるカンマが入っていたら、私はカンマに関してオリジナルの Caslon old face italic と言えないのではないかと、作者に質問するでしょう。

ラテンアルファベットの書体の歴史には大きな2つの流れがあります。一つのはカリグラフィの歴史。もう一つは金属活字の歴史です。タイポグラフィ原点は金属活字です。金属活字時代の印刷物の見解を述べる時に、金属活字そのものや歴史的背景を知らないで現代の視点で考えると腑に落ちない事がたくさんあります。


有限会社嘉瑞工房 高岡昌生
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日本人とルール

「ルールを作りたい日本人」、「ルールで安心したい日本人」、
「ルールに縛られる日本人」


◎今回の日経デザイン誌の件をきっかけに、なぜこのような事が起こり、それに対して理解がなかった事を考えました。
私に全ての事が理解できているかどうかはわかりませんが、欧文で仕事をしていたりすると若いデザイナーや学生にしばしば意見を求められる事があります。
この国にはちょっと冷静に判断すれば分かりそうな「変な噂」や「間違った考えが」があたかも海外ではルールとして存在しているように言われています。それを信じ、またその事を他の人に広めています。
ラテンアルファベットが母国語ではないという、ハンデはありますがそれより、ルールを作り、そのルール通りすることで安心したい日本人がいます。

◎今回のギャラモンの事もありますが、良く言われるおかしな例として「フーツラはナチスと関係がある」とか、「ボドニーはイギリスではロゴとして使えない」とか「イギリスではほとんどがバスカービルで組まれている」だとかが、まことしやかに語られています。
この書体はドイツの○○と言うデザイナーが作ったからではなく、そのドイツのデザイナーがどの目的で作ったか、一般の本文用なのか、ドイツを感じさせたいのか、あるいは伝統的な雰囲気の書体かによって、使用方法を決めるべきです。

金属活字では傑作と言われて嘉瑞工房も活字を揃えた Bauer Bodoniは、イタリア人ボドニがつくった活字を参考に、ドイツの活字会社のドイツ人書体デザイナーが作ったもの。現在スペインで鋳込まれ世界中に販売しています。

Centaurは、イタリア人が約500年前につくった活字を参考に、アメリカ人書体デザイナーが作ったもの。現在私も所属しているイギリスの RSA (王立芸術協会)もこの書体を使っています。

◎先日、世界的なタイプデザイナーのマシュー・カーター氏と個人的にかなり長い時間お話をしました。
改めて、フーツラの話、今回のガラモンの話をしたら、あきれかえった笑顔と自分の体験を話してくれました。
数年前に日本の美術大学で講演をしたとき、学生から、「タイプデザインには6つのルールがあるそうですが、そのルールを教えて欲しい」との質問があったそうです。
カーター氏は「タイプデザインにはそんなルールはない!そんなルールがあったら、どの書体もみんな同じになってしまう!」、「日本人はルールが好きだ!」と苦笑していました。

◎もう一つ、「ルールにすがる日本人」の対極に「本当に大切なルールを無視する日本人」がいます。
ローマン体を変形させて、イタリック体や、スモールキャップを作る。
垂直になっている「"」、いわゆる「dumb quotes(日本語にするとマヌケ引用符)」を使う。
並び線を勝手に変える。
やたらと合字を作る。等々。

【詳しくは「欧文書体 その背景と使い方」を参考に】

◎読みやすく美しく内容にあった組版をすることがタイポグラフィの目的であれば、数百年にわたる年月で磨き上げられたルールと、身勝手ではない自由な発想のデザインとは相反する物ではありません。タイポグラフィの研究は本だけで得た「知識」のひけらかしではありません。
外国の街にでて実際に使われている例や、直接海外の人に聞いて見ると、「暮らしの中のタイポグラフィの知識」を得ることができるかもしれません。

【お奨めのブログ http://doitunikki.exblog.jp/

だってタイポグラフィは難しい学問ではありませんよね。
書体の名前なんか知らない人々の暮らしの中で、読みやすく内容が理解しやすい書物や、雰囲気の伝わる看板、気品や思いやりの伝わるカードやレターヘッドが使われているのだから。
ただ、その目的の実現の為に、嘉瑞工房では1行の欧文をどのように並べるかを真剣に取り組んでいます。


有限会社嘉瑞工房
高岡昌生
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2006年新年のごあいさつ

新年明けましておめでとうございます。
日頃は有限会社嘉瑞工房のサイトをご覧いただきありがとうございます。

昨年の工房雑感でお話しておりました、ライノタイプ社のコンファレンスについて、約半年をかけて準備をしておりましたが諸事情により昨年の開催が中止になりました。しかし、最初に私どもが考えていた形式ではありませんが、やはりタイプ関係のコンファレンスの企画もございます。開催の要項が決まりましたらこちらのサイトでもご紹介できると思います。

昨年5月に私どもにとっても念願だった、当社創始者、井上嘉瑞氏の著作物の合本「井上嘉瑞と活版印刷」が印刷学会出版部より、「著述偏」、「作品編」の2 冊本として出版されました。(詳しくは当サイト販売品目をご参照ください)この本「著述偏」巻頭に、「井上嘉瑞の人と作品」として一文を載せさせていただいたり、装丁を私自身が取り組んだことなど、思い出深い本になりました。また、非売品なのでご紹介できませんでしたが、ブックデザイナーの山下牧さんと共同作業で専用ケースの制作も取り組みました。この手の本としてはまずまずの売れ行きのようです。

2004年に出版いたしました、父、重蔵の復刻版「欧文活字」(My Typography (LIGHT UP, WON`T YOU?) を付録として追加した物)もかなり早く重版がかかり、予想以上の反響に驚いている次第です。

昨年は、友人のドイツ・ライノ社タイプデザイナーの小林章さんの「欧文書体 その背景と使い方」が美術出版社より出版され大きな反響がありました。本の内容の優秀さは読んでいただければ一目瞭然ですが、その本のご紹介も兼ねて8月に株式会社竹尾のセミナーに2人で講演出来たのも良い思い出になりました。

仕事の方では、秋にある団体からの依頼で、和欧文それぞれのディプロマのデザイン、印刷。用紙の選定(手漉き和紙)、カバーの共同製作(美篶堂さん)、カリグラフィ( ミユリエル・ガチーニ先生)による記名のプロデュースを手がける事ができました。
ノーベル賞受賞者からノーベル賞受賞者に送られるディプロマだけに細心の配慮をしたつもりで出来上がりも喜んでいただけたようで大いなる励みになりました。

そして、暮れにご報告致しましたとおり(当サイト嘉瑞工房ニュース)、The Royal Society of Arts(英国王立芸術協会)の Fellow に推薦されたことが大きな出来事です。
父も10年前に Fellow になり、昨年250周年を迎えた伝統ある協会の Fellow への推薦はありがたくも身が締まる思いです。

新年の決意として今年は Fellow of the Royal Society of Arts をきっかけの年としていくつかの作品制作や懸案の見本帳出版にもめどを付けようと思っております。前に進む事をお約束して新年ご挨拶といたします。
今年もよろしくお願いいたします。


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代表取締役 高岡昌生
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